縮小都市データベース

シュテンダール(Stendal)

龍谷大学政策学部 服部圭郎

 シュテンダールという都市がザクセン・アンハルト州の北東部にある。ベルリンとハノーファーを結ぶ鉄道路線の沿線にあり、何本に一本かは特急列車も停車する。ベルリンからは125キロメートルほど離れている。12世紀頃に都市はつくられ始め、13世紀にはこの地域の商業と貿易の中心となり、1300年には市壁をつくっている。1358年にはハンザ同盟に入るなど、豊かな歴史を有した都市である。

都心部にある市役所広場

この都市は、団地を地区単位でほぼ完全に倒壊した旧東ドイツでも珍しいケースの都市である。そして、その代わり、都心部をしっかりと強化することに初期段階から力を入れ、その政策は揺るがずに進められた。それは、都市が縮小するプロセスを周縁部から都心部へとさせるための政策の一環として進められた。シュテンダールのケースは都市の縮小を周縁部からするという試みの成果とまた課題を我々に教えることになった。ということで、市役所を訪れ、市の担当者と住宅会社の担当者に話を聞いた(2022年8月)。

 シュテンダールがなぜ、このような斬新な試みをしたのか。その背景にはIBAザクセンアンハルト[1]の事業がある。IBAザクセンアンハルトは、シュテンダールという「地方都市の都心部を強化する」という課題に対して、徹底的な商業施設の郊外化の阻止を都市政策として呈示したのである。その結果、シュテンダル・スードという団地の完全倒壊という計画を策定することになった。

シュテンダールは東西にドイツが分裂した1946年の人口は40325人であったが、しばらくは人口が停滞し、1964年には人口は35931人であった。しかし、市の外縁部に原子力発電所の開発が計画されたこともあり、1965年から人口は増え始め、1989年には人口は51461人にまで増加する。しかしながら、原子力発電所は結局、完成しなかった。増加する人口の住居としてシュタットゼーとシュテンダル・スードのプラッテンバウ団地が建設される。 

しかし、東西ドイツの統一以降、人口の減少が始まり、15年間で35%ほどの人口が減少した(ただし、周辺の自治体を合併しているので、統計的にはそれほどの減少は伺えない)。社会減そして自然減によって、2007年には1964年と同じ人口規模にまで減少した。統計上で人口が2010年に増加しているのは、2010年1月1日に周辺の10自治体を合併したからである。これによって、その当時の人口35900人から40974人にまで増加した。近年はウクライナからの難民が多く来たこともあり、人口は安定化しつつある。2022年末の同都市の人口は39105 人である。

縮小政策の対象となったプラッテンバウテン団地であるが、シュテンダールには社会主義時代に二つほどつくる。シュタットゼーとシュテンダル・スードである。これらは2000年から空き家が増加していった。供給過剰の住宅を減築・倒壊することは不可避であるとの判断を市役所はする。そして、そのコンセプトは「外から中へ(From the Outside In)」というものにした。その結果、都心部からより離れているシュテンダル・スードは団地を完全に倒壊し、シュタットゼーは住宅を適度に倒壊・減築することで供給数を減少することにした。基本的な倒壊の考え方は、都心部からの距離。都心部から15分間で到達できる距離内に市街地を集約させたいと市役所は考えている。ただ、どの建物を倒壊・減築するかの判断は住宅会社。市役所は会議には住宅会社を呼んで事情を聞くが「やりたいようにしなさい」と言うだけで、干渉はしない。

両団地は2002年に「シュタットウンバウ・オスト」のプログラムに指定された(既に1999年から「社会都市プログラム」には指定されていた)。「シュタットウンバウ・オスト」の補助金で倒壊・減築が行われ、「社会都市プログラム」の補助金で地区の改善などが行われた。

シュテンダル・スードは1985年に原子力発電所の工事のために働く人々に住まいを提供するためにつくられた。統合後は、高い空き家率を示し、現時点では全体の八割に相当する2300戸が倒壊されている。

シュタットザーは、1971年からつくられた。東地区は5階建ての建物がほとんどであるが一部11階の建物もある。西地区は6階建てと11階建ての建物から構成される。シュタットウンバウ・オストのプログラムによって2750戸数が倒壊された。シュタットウンバウ・オスト・プログラムが終了する前年の2015年時点では7350戸の住宅がある。これらのうち85%が市の住宅会社(SWG)と住宅組合(Altmark eG)が所有しており、残りの15%は民間企業が所有している。住宅以外では学校も一部閉鎖されたが、残った学校は改修が行われている。2015年には約1万人の人がシュタットゼー地区の団地に住んでいた。1995年に比べると人口は半分に減少している。

シュタットゼーは半分ほどの戸数を減らすことで住宅の供給過剰に対応した
倒壊・減築計画図(シュタットゼー)

シュタットゼーのシュタットウンバウのプロジェクトはまだ完了していない。人口構成から、今後も人口は減少していくと考えられる。ただ、シュタットゼーの建物の団地の倒壊事業は現在、中止になっている。これは、近年、増加している難民の住宅として使われる可能性が高くなっているからだ。

著者と取材に協力してくれた市役所、住宅会社の人々

[1]

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