縮小都市データベース

長門(長門湯本温泉)

服部圭郎(龍谷大学政策学部)

概要

長門市は山口県北部、日本海に面した人口32700人(2020年1月)ほどの地方都市である。国土レベルの交通ネットワークから外れているため、工業が発展せず、現在でも漁業、農業、畜産業とそれに付随する食品加工業、そして観光業が同市の主要産業である。人口は1955年の66112人をピークに下降の一途を辿っている。

 そのようなじり貧状態の中、前市長である大西倉雄氏は2011年に市長に就任すると、雇用が生じ、若者の流出防止が期待できる交流人口の増大を政策の看板に掲げた。そして、「長門の売り物を活かしたまちづくり」を展開していく。2018年には仙崎港で獲れた新鮮な魚介類や地元の名産である焼き鳥を提供する道の駅「センザキッチン」を開業し、予測を上回る観光客数を呼び込むことに成功させるのと並行して、市内南部にある県を代表する温泉街である長門湯本温泉の再生にも取り組む。長門湯本温泉は室町時代に開湯された由緒ある温泉であり、1983年には39万人が来訪するほど栄えたが、2014年には18万人とピーク時の半分以下となる。同年には、「毛利藩の殿様湯」と呼ばれた150年の歴史を誇る「白木屋グランドホテル」が倒産して、その広大なる跡地が衰退した温泉街の印象をさらに強くした。この状況をどうにか改善したいと、大西氏はその土地建物を買い取り、公費解体を決断する。そして、星野リゾートの宿泊施設誘致を向けて、トップ営業をかける。

住民基本台帳をもとに著者作成

 星野リゾートは、敷地のみでなくエリア全体としての将来像を共有できるマスタープランが投資には不可欠とカウンター提案をし、結果、長門市は民間企業である星野リゾートとマスタープランを作成する。すなわち、「投資主体がマスタープランを提案し、行政がそれに見合う公共投資を行う」という前代未聞ともいうべき試みを展開することとしたのである。行政の業務という観点からすれば、業務放棄とも批判されかねない試みではあったが、当時の市長であった大西氏は、それだけの背水の陣を敷かなければならないほどの危機感を抱いていたのであろう。その覚悟は、マスタープランの副題「今ある資源に着目し、地域資源が主導して、再生に向けて取り組む(地域のタカラ、地域のチカラで、湯ノベーション)」そして、その共通認識として描かれた、「妥協なき観光まちづくり」という大方針に結実する。その中で星野リゾートも、自ら投資主体として老舗ホテルの廃業で生じた遊休地に進出することを決めることとなる。 

2020年3月12日に星野リゾート「界」ブランドが開業した。ここでは、はじめて宿泊客以外も利用できる「あけぼのカフェ」も併設され、オープン当日は地元の人達を含めた多くの方が行列をつくった。

 さらに、マスタープランを策定するだけで安心せず、長門市は、さらにそれを遂行するために、地域の適任者、事業者、専門家、行政が一体となった推進チーム体制を構築し、民間主導でその具体化を進めることとする。人口減少・財政難の時代において「成長時代のような行政投資主導では失敗し、民間事業者不在で次世代に負債を残し、まちなかは活性化しない」という問題意識を推進チームは有していたからである。それは、行政主導、無責任な市民参加ではなく、「リスクを背負って、覚悟を決めた民間事業体」として、地域有志自らが参画することを意味していた。推進チームの熱い訴えが功を奏して、地域有志が公営であった外湯を民営で運営するなどの流れができあがっていた。

長門湯本温泉は音信川の渓谷沿いに温泉旅館が立地する。川床の利用など、河川法などによって制約を受けていた規制を、行政、民間業者、そして地元の人達がひとつひとつ乗り越えることによって、古き良さを活かし、新しい価値を生み出そうとしている

 大西氏の取り組みは成果を出し、2018年には同市では過去最高の観光客数を呼び込むことに成功する。そして、2020年3月12日、老舗ホテル白木屋の跡地に星野リゾートの「界」が開業し、3月18日には地元若手経営者らが再建した外湯「恩湯」がオープンした。コロナウィルス感染被害防止によって、華々しいデビューは飾れていないが、関係者が覚悟を持って事業の成功にコミットメントしたことで、人口減少が続き、事業も衰退していた地方の温泉街が再生の軌道に乗り始めている。

(参考資料):時事ドットコム大西倉雄取材記事 https://www.jiji.com/sp/v2?id=20120112top_interview23_17 閲覧2020.05.01

取材:松岡裕史(長岡市役所)、田村富昭(長岡市経済観光部理事)、泉英明(株式会社ハートビートプラン)、木村隼斗(長門湯本温泉まち株式会社エリア・マネージャー)

■政策のポイント

行政が策定するマスタープランは、多くの人(ステークホルダー)を納得させるためにどうしても総花的なものになってしまう。結果、地域の特性やユニークな人材・資源を活かしきれない、万能なようでいて何にも使えない、帯に短したすきに長しのような構想ができあがってしまう。成長している時代であれば、それでもよかった。しかし、人口が縮小、経済が成熟化し、さらに財政破綻の危機を常に意識しなくてはいけない現在においては、そのようなマスタープランを策定している余裕はない。長門市は、そのマスタープラン策定に民間業者に入ってもらうという、公共事業である都市計画としては、教科書的にはあり得ない荒技を展開させる。その是非は霞ヶ関やアカデミックのサークルにおいて議論することは可能である。しかし、そのような余裕が長門市、そして長門湯本温泉にはもはやなかった。江戸時代から続いた白木屋の倒産を2019年8月9日の日経ビジネスは「旅行スタイルが団体客から個人客中心に変わる流れに対応できず、行き詰まった」こと、「後継者が改革を進めようとしても、先代が従来の方法にこだわり、抵抗勢力となってしまった」ことが原因であると分析している。

 このように従来のやり方を踏襲していては問題がもはや解決できないのは民間事業だけでなく行政でも同じである。指をくわえて、衰退するままに任せてはいけない、という大西氏の思いのもとに、市役所の若手、霞ヶ関から出向してきたエリート官僚、日本中の専門家、そして、地元の若手経営者が集い、他の成功事例を参考にするのではなく、長門湯本温泉を成功にする方法論を議論し、検討し、そして実践に移した。

 人口縮小という課題に地方自治体が、行政の力だけでどうにか対応することはあまりにも難しい。長門市の政策は、これまでの都市計画のあり方ではどうにもならない地方のおかれた窮状を我々に理解させると同時に、民間の力を借りた新しい地方再生策のあり方を提示している。

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